何と言っても帝の祖先にあたるということになっているがため、
国家行事に神道の行事が多いのは、まま仕方がないのでしょうけれど。
それらが現在でも残っているくらいなので、
平安の昔ともなれば、
もっとたくさんの儀式や習慣が、
当たり前の礼儀や義務のようにして居並んでいたものと思われて。
「…と言いつつ、仏教も奨励してんだから忙しいやな。」
その初めは、単なる政策というか政争というか、
豪族同士が張り合うネタでしかなかった、
仏教の容認 or 排斥論争は、
単に威勢を顕示するための寺院の建立だったりしたほどに、
その宗旨という“中身”への理解を伴わないまま、
支持するか否かを争われていたそうで。
そんな政争の末に崇仏派の蘇我氏が勝利を収め、
仏教はその勢力を広げてゆく。
聖徳太子を初めとする、
教義への理解を深める指導階層の人物が続々と現れ、
有力者らが氏寺を建立。
また、各地に国分寺という形での寺院が建立されてゆき、
日本へ伝わったのが
『修養や信心によって善行を為せば、来世で救済されん』と説く
“大乗仏教”だったこともあり、
民間へもその教えはするすると広まった。
その一方で、
政治と宗教が微妙に混同されたままの状況も続いていたがため、
奈良の末期には僧侶が政治に結びつきを多々持った挙句、
堕落の気配を見せたとあって、
それでの平安遷都が行われたのだとする説もあったほど。
日本古代から中世にかけての、仏教史ってところでしょうか?
「ま、俺にはどうでもいいことだがよ。」
「……いいのか、どうでも。」
宮中に仕える、それも神祗官(補佐)なんていうお立場のお人が、
神道かかわりの筆頭、
今帝のご祖先様を祀る部署の最高責任者の補佐殿だってのに、
国事行為の中でも、最優先されよう等級の儀式を扱うお立場だってのに、
それを指して“どうでもいい”なんて言っちゃうかな、と。
言外に、遠回しに、訊いたのだろう黒の侍従さんへ、
「単なる学問、若しくは、役所仕事、いつもの年中行事、
そんなくらいにしか思っとらんのは、むしろ貴族の連中のほうだぜ?」
失態見せぬかとの“鵜の目 鷹の目”こそ見張るものの、
内容や意味合いなんてのへは、
付け届けお品書き程度にしか眸も通さぬだろ不謹慎さ。
下々の平民の方がよっぽど信心込めてありがたがるってとこだろうよ。
「そのくせ、怪奇や妖異の類に遭えば、
何とかしてくれと泣きついてくる。」
それも、どこでどうやって聞き込むか、
他にも古くて由緒ある陰陽の家系は数々あろうに、
実践という畑じゃあ最強の存在と認めて、
引きも切らずにウチへと駆け込むのは、
「どういう理屈が働いてのこったろうな。」
「つか、此処へ行けと紹介する奴らの目星くらいはついてんだろうが。」
まあな。
そういう知恵とか融通を利かせてやったのだからなんていう、
よう判らんことへ偉そうにしたその上で、
口止め料なんてのをせしめてやがったもんだから。
「こっちへの挨拶が随分と後回しだの?と、な。」
くうを抱えて連れてって、
座敷中を思う存分、泥足で駆け回らせてやった、と。
からから笑った金髪金眸のうら若き陰陽師だったが、
「ただ駆け回らせただけじゃああるまい。」
「当たり前だろ。」
隠しときたくて、若しくは言い逃れしたくて、
言を濁しての言わなかったワケじゃねぇよということか。
ひんやりする板の間、仰向いて転がっていたのをころりと寝返ると、
「生首に化けさせて、さあ鬼ごっこだぞと座敷に放した。」
「…………お前ね。」
夜中だったし、
燭台にも幾つか水を差してやったから、あんまり明るくなかったしなぁ。
狐火の燐光まとった生首が、きゃっきゃと笑って駆け回ったの見て。
随分と貫禄のあった貴族の御大と、その用心棒のお武家一同、
全員が二の句を告げぬまま、立ち尽くしたのは結構圧巻だったぜと、
薄い生地にて仕立てた帷子(かたびら)、
下仕えの者でさえ滅多にそれのみという恰好にはならぬほどの薄着で、
仰向いた宙へと足元振り上げばたつかせ、
可笑しかったなぁと笑い転げた蛭魔であったが、
「…っくちん☆」
「ああ、ほら。屋内はそろそろ蒸さぬのだ。」
だから、そんな薄着にはなるなと言うたろがと。
引き付けるように身を縮めて くさめを放った主人へと、
自分が羽織っていた小袖、急いで脱いでふわりと掛けてやれば、
“気づいてたんなら、もっと早く差し出せっての。”
おやおやぁ?
◇◇◇
紙へ油を染ませたような、そんな深みのある濃青の空を背景に、
ひらん・ひらひら、優雅にも飛んでった影があり。
「あや?」
大きな翅をはためかせ、
黄色に黒の縁取りも鮮やかな、揚羽蝶が数羽ほど、
陽だまりの中、アザミのような小花を次々に追うての飛んでいる。
一度にそれほどもの数が、視野の中を遊んで回ってくれたのは初めてか、
わあと大きな眸をますます見開いて微笑ったおチビさんだったが、
「こらこら、話半分だろうが。」
芝草の上、ほてんと座り込んでた坊やの傍らに、
そちらさんは自堕落にも寝そべっていた偉丈夫が、
注意を飛ばした坊やへと、こっちをお向きと声を掛けて。
「えと…何だっけ?」
「だから。夜中に知らねぇ家ん中、駆け回ったって話だよ。」
あ、そうそう。
あんね、おやかま様がね、
せーなとネンネしてた くうを抱っこしてってね。
角っこの柱に咒のお札を張ったあるお部屋だから、
ここなら好きなもんへ変化(へんげ)出来るぞ、試してみ?って。
「そいだからあのね?
お尻尾こすって きちゅね火 出して、
あぎょんのお顔になって見したら、
おやかま様、上手上手って褒めてくりたのvv」
「ほほぉ…。」
でもでも、くうはちみっこだから、
あぎょんの全部っては変化(へんげ)出来なくて。
お顔だけしか変われなくて……
「あぎょん?」
「……いや、なに。」
どしたの? お腹痛いの?
うん、まあ、大したこっちゃねぇんだがな。
この子が悪いわけでなし。
それに、あの白いのに腹黒な術師が強制したわけでもなさそうだし。
“そんで、俺の顔見るたんびに何か言いたげになって笑いやがんだな。”
それが ちっと気になっただけな蛇神様。
ああ、そろそろ蝶々が秋の卵を産むころだの。
そうなの? そいでいっぱい飛んでゆの?
ひらひら、ふわふわ、
時折吹きくる強い南風に押し戻されつつも、
花の咲く茂み目指して集まってくる蝶々へと、
小さな手を延べ、はしゃぐ仔ギツネさんを眺めつつ。
“…好かれるのも痛し痒しってか?”
何とも言えぬ苦笑をこぼして、
小さな坊やがふかふかのお尻尾ふりふり、
陽だまりへ飛び出してくの、
眸を細めて眺めやってござったのだった。
〜Fine〜 09.08.24.
*今年はあんまり あぎょんさんと遊べなかった夏でしたね。
つか、蒸し暑さにそんだけ参ってたことが赤裸々…。
めーるふぉーむvv 

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